「いたか?」
「ぜんぜん見当たらないよぉ」「どこかに行っちゃったんじゃないの?」「いや、それは無いと思う」 何処かに行ってしまった。というのもあり得る話ではあるのだけど、少なからずレイジはこの辺りからは出て行ける事は無いと思う。――それは結界があるからなぁ。
日暮さんのお父さんの言っていた結界の話。今も続いているならばレイジがその影響下にあると考えていいだろう。そして外から入ってこれないというなら、同じように中からも外に出られないに違いない。
そして俺の体がナゼこんなに重く感じるのかもだいたい想像がついた。同じような能力を持ったものが敷地に入ったときに、そのチカラを使いづらくするため。これは想像の域を越えない考えなのだけど。そう考えると現在の状況などのつじつまが合う。ただ伊織にその影響がないというのが少しわからない事なんだけど。レイジに聞けばそれも分かるかもしれない。
この屋敷にあったあの石でできたモノは、たぶん結界を張ったときの目印にしていたモノだろう。元々は祠《ほこら》か何かでまつられていたはずのモノ。理由は分からないけど、それがこの庭にある。いや、もしかするとこの別荘として使われている建物自体がそのものなのかも。
――後でインターネットで調べてみよう。昔のこの辺の写真か何かを見てみればなにか写ってるかもしれない。
屋敷の中を探してもいないとなると、残っているのは浜辺にまで続く庭だけ。
「伊織、一緒に来てくれ!!」「え!? あ、うん!!」 何かあったときに二人ならば対応できることもあるだろうし、もしも危険な事に巻き込まれるようなら、カレ「そうか……」影を落とした顔をしたまま、再びグラスを手に取り口へと運ぶ。残っていた麦茶を一気に流し込んで元の場所へと戻した。グラスの中で「カラン」と氷が音を上げた。「あの……」「あぁ……。まずはアイツに話を通してからにしようとも思っていた、いたんだがとりあえず意見だけでも先に聞きたいと思ってね。こうして来てしまったんだが……」 言いにくそうに顔をしかめていく村上さん。 今までの記憶からは村上さんのこんな表情は見たことが無い。それは村上さんを見ていた伊織が俺の方へと向けた表情が物語っている。伊織も困惑しているのだ。「そっち関係ですか?」「そうなんだが……」 村上さんの視線が伊織の方へ動く。「あぁ、伊織ですか? 聞かれても大丈夫ですよ?」「そうなんだね……。それじゃぁ伊織ちゃんも?」今度は視線だけではなくちゃんと顔を向けている。 「大丈夫ですよ。私も何かあれば分かりまから」ニコッと微笑み返した伊織に苦笑いで返した村上さん。「やっぱり、伊織ちゃんも変わってないね」 村上さんは伊織の事に関しては知らないと思っていた。父さんからは何も聞いたことが無い。でもそういえば……と思い出す。たしか小さい頃に初めて伊織に会った時のエピソードを聞いた覚えがあった。――道に迷っていた伊織たちを手伝ったんだっけ? この時にあった出来事を伊織はあまり知らない。覚えてないとも言うんだが、それは父さんや義母さんが話さないのだから知らなくても不思議ではない。俺はというとしっかりとではないが覚えてはいる。ただ伊織がどこまで関わっていたかは残念ながら覚えていない。当時怪我をした父さんの代わりに、今の義母さんがあれこれと家の事をしてもらっていたの覚えているし、そのたびに小さかった伊織も一緒に来ていて遊んでいた記憶の方が鮮明
「よう。久しぶりだな真司君」 片手を上げて挨拶してきた人物は、子供の頃に良くお世話になっていた人。「村上……さん?」「おう。そうだぞ。覚えていてくれて嬉しいな」 見慣れていた懐かしい笑顔のままだった。確認が済んだのでドアを大きく開けて入室を促しつつ俺はリビングへ向かう。お客様が来ることなど想定していなかったので、急いで迎え入れる準備を始めた。「真司君、お構いなく。別に何もいらないから」 リビングまで入ってきた村上さんは笑顔のままでそう言いながら、持ってきていた荷物をソファの上に置き、その隣に腰掛けた。「いえいえ。そういう訳には行きませんよ。父さんに怒られちゃいますから」 言いつつグラスに注いだ麦茶を出した。「相変わらずかい? アイツは」 出された麦茶を一口飲だ。「ええ。相変わらずです。変わりませんよ父さんは」「あはははは。アイツらしいね。それにしても良いところに引っ越したね。家もでかいし何より庭がある!!」「あ、そういえば村上さんこの家に来た事無かったんでしたっけ?」「今日が初めてだよ。話には聞いていたけどね。結城から」「なるほど」 言いながら二人そろってグラスに口を付けた。 俺と父さんはこの町でアパートを借りて暮らしていた。いろいろあったが楽しく過ごすことが出来ていた。その当時は村上さんも良く来ていたが、父さんが義母と出会い、結婚して家を買った時くらいからまったく家には来なくなった。だからこうして会うのはけっこうぶりだったりする。俺が人見知りせずに話せる数少ないうちの一人だ。「それで、今日は父さんですよね?」「まぁそれも用事の一つかな。実は俺あの後すぐに転属になっちゃって今は〇〇市にいるんだよ。だからここら辺に来るのも久しぶりでね。アイツの顔でも見てやろうと思ってきたんだ」「そうなんですか。だから来なくなったんですね」「そうそう。なにせ急だったからね。挨拶もなにもあったもんじゃなかったよ」
水野さんの言葉を聞いてみんなが一斉に私の方を向いた。――え!? うそでしょ!? 全身からブワッと嫌な汗が出て来て背中を伝う感じが気持ち悪いけど、そんな事を気にしていられる余裕もなく慌ててバッグにしまったままの手帳を開いた。「あ……」 予定していた土曜日に、ばっちりペンでデコられた[ライブ]という文字を確認する。――やばい!! なんとかしな……。「あぁ~、カレ~ンばっちりライブって書いてあるじゃんか~」考えさせてさえもらえない響子の声。私同様に私の手帳を覗き込んでいた様だ。なにせ顔が真横にあるから間違えようが無い。「あ、あはは……そ、そうみたい……ね」 顔を上げた私はそんな声を出すのが精一杯だった。どうしてこんな大事なことを忘れていたのが自分で自分を殴ってやりたい衝動《しょうどう》をなんとか抑えつつ、何とかならないかと眼だけでマネージャーに確認をする。「え!? なんですか? カレンちゃんもしかして本当に忘れてたの?」「は、はい……」 視線を向けられた水野さんは、眠そうだった目を見開いて驚いている。力ない返事を聞いた後に大きなため息もついていた。――ど、どうしよう……。せっかくみんなで集まって盛り上がっていたのに。これじゃどうやってもみんながっかりよねぇ……。 どんなに手帳を見ても変わりようのない予定を見ながら、気分だけがヘコんでいくのを感じる。「カレンさん大丈夫ですか?」 声をかけられてそちらの方を向いた。伊織ちゃんが心配して掛けてくれたようだが、上げた私の顔を見るなり、伊織ちゃんも悲しそうな顔になってしまった。相当今の自分はひどい顔をしているのだろう。まだ泣いてないだけマシかもしれない。「ねぇ……どうやっても今週は無理
特にお祭り独特の出店は雰囲気も相まってその場でしか感じられない楽しさがある。子供の頃は良く父さんに連れられて伊織と出店巡りをしたこともあった。 しかし父さんが刑事として事件を主導して捜査する立場になってからはその数はだんだん減っていき、伊織も歳を重ねるごとに友達と出かけるようになると、自然と行くこともなくなった。 ここ数年、俺はこの時期を独り家で過ごすことが多いのだ。義母さんはこの時期は祭りに関わる人の怪我や病気に対応するため、何時家に帰れるか分らない状態だ。だからこの時期に家で一日中顔を合わせているという事の方が珍しい。殆ど義母はレアキャラとして藤堂家は定着しつつある。 なので義母んとは一度もお祭り関係に一緒に行った事は無い。伊織はどうか分らないけど。藤堂家の普通なのだ。――いても俺達が居るときは寝てるとかの方が多いけどな。「という事で、その話は俺抜きで進めてくれ。なにかあったら話は聞くから」 そう言い残すと通話を切って、手にしていたケータイをベッドにポイっと放り投げた。そしてそのままベッドに腰を下ろし考える。――ちょっと素っ気なかったな? もう少し考えてあげても良かったかもしれない。でも俺はこういう考えのままでここまで育ってきたんだし。今更変えられいよなぁ……。 自己嫌悪に陥りつつも気合を入れなおす。そう今は夏休みの題をやっつけてしまわなければならないのだ。「ふぅ~~」 何度目になるか分らないため息をしつつ立ち上がる。ブブブブ ブブブブ ブブブブ と、放り投げたはずのケータイがまた震え出した。 また手にして表示を見ると先ほどと同一人物からの着信のようだ。めんどくさいと思いつつ再び出ることにする。「今度はな……」『いい? ぜっっっっっっったいに土曜日空けときなさいよ!! 必ずあんたを連れて行ってやるんだからね!!』ブツッ ツー ツー「なんだアイツ……」 俺の言葉に被
この時期はどうしても思い出す。壊れてしまった関係も儚く散った想いも。こうして何年も繰り返していくと存在自体が消えたみたいに感じて悲しくなる。確かに自分はこの土地、この場所に息づいていた。暮らしていた。 ほんの数年、数十年の事だけどここは故郷《ふるさと》なのは何年先でも変わる事の無い真実。 夏休みというのは、計画性のある奴ほど充実した過ごし方ができるんだと実感しているのが、今現在一人で机に向かい勉強している俺だ。 日暮さん事件の後、ちょっぴり心温かい気持ちで自宅へと戻ってきた俺は、目の前にある現実と向き合うことになった。高校生になったというのに夏休みに出された課題という現実にだ。この時期から大学受験に向けてすでに動き出している奴も多々いる。そういうやつ等は本当にすごいと思う。 なにせ目の前の課題を見ただけで「うえぇ~」と声に出てしまう俺とは違い、課題はもちろん、その他に自習と補習。更には進学塾などにまで通うという俺には考えられないスケジュールをこなす強者がいるというではないか。本当に頭が下がる努力家たちである。 俺はもちろん自分の出来る範囲でしか手を出さない。いや出せない。自分の能力は良く知っている。下手に手を出そうものなら確実に熱を出すだろう。「はぁ~~」 机の上に課題を広げてはため息をつく。やりたくないのにやらなければいけないという現実がどうも苦手なんだ。誰か俺の体のどこかにあるはずのやる〇スイッチを探してポチっとしてくれないだろうか。なんて他力本願な考えが浮かんで消える数日を過ごしている。「もう一週間になるのか」 カレンダーを見ると、すでに日暮邸での事件経過から一週間を過ぎていることを確認した。あの事件は夏休みに入ってすぐに遭遇したもので、それから一週間という事は夏休みもすでに半分が消化したことになる。 しかし目の前に広がるテキスト類は、勿論全くという程終わってはいない現実。「やっぱり頭の構造に差があるような気がするなぁ~」 誰もい
目の前には幸せそうに二人で話すレイジと女の子がいる。俺達が見守る先、日暮家の社《やしろ》の近くにある舞台の上で二人が再会を果たした。 どうにか落ち着きを取り戻したあの後、日暮さんとオヤジの知り合いの刑事さんの協力の元、警察署に拘留されている鶴田に連絡を取ってもらい、あるモノを持ち去り置いて有る場所を聞き出すことに成功した。どのような交渉をしたのかはわからないけど、彼は快くそれに応じて隠し場所やその経緯などを聞いてもいないことまで話をしているらしい。刑事さん的には、楽に自供が取れる事と素直に答えるので捜査が進むことに喜んでいた。 そしてここにあるモノは市川家の別荘のある場所の岬にある祠《ほこら》から持ってきたモノと、鶴田が家に隠し持っていたモノの二体ある。 あの石でできたモノ。 ようやく再び出会えた二人は本当に嬉しそうに抱き合いながら話をしている。「レイジ、再会を邪魔して悪いんだけど紹介してもらえるかな?」「え!? あ、ああ。こ、こちらの方が……」「また!! この方なんて呼んでる!! いい加減ちゃんと呼んでくださいアナタ」「ぐっ!! そ、その……つ……つま……です」「「「声ちっちゃ!!」」」 その場に大きな笑い声が響く。 そして日暮さんのお父さんが舞台の上へと上がってきた。俺が見つけたあの場所を少しだけかたづけて綺麗にしてもらったのだ。どこかに移すことも考えたのだけど、それはレイジと奥さんに断られた。 どんなにいい場所に移すと説得しても首を縦に振らなかったのだ。その理由は簡単なものだった。「ずっと……もう幾年の間もこの場所で見守ってきたのだから、また同じ場所で見守りながら眠りたい」 そういう二人にそれ以上何も言えなかった。それから結構な工事になったみたいで、日暮さん(綾乃)もいったん戻ってお手伝いをすることになった。